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トリニティ
1923年10月15日
親愛なるウィトゲンシュタインへ

 先日、プッフベルクのホテルでウェイターから、私がまだ手形を未払いであるという旨の手紙を受け取りました。(ですがほとんど私の過失ではないのです。所有者の息子は、私が全てを支払ったと確約してくれたのですから。) 私は彼に小切手を送ったのですが、彼が換金に手間取っているのではないかと思います。申し訳ありませんが、事がスムーズに運ぶかどうか、確認していただけるでしょうか? そしてもし問題があった場合、そのことを私に知らせてください。可能なら、小切手の支払以外の方法による解決を考えます。ご迷惑をかけて申し訳なく思います。ですが、彼が銀行が小切手を送るまで待ってくれれば、それほどの面倒はかからないと思います。
 ケインズには、まだあなたの学位のことについて訊ねていません。
 ウィーンで『サロメ』を見ました。実に美しい舞台でしたし、あのオペラ・ハウスの素晴らしさについては全く同感です。ウィーンには5日間いましたが、その間、絵画や建築を見て楽しみました。
 私の方は、担当の女生徒たちの教材を準備するのに手を取られていて、まだ数についての研究を始めていません。彼女たちは、私の期待以上に理解しているように見えます。もっとも、実際に理解しているかまでは分かりませんが。
 この手紙と一緒に、『論考』のコピーも一部送ります。
 ラッセルは、彼の妻と共著の『産業文明の前途』という本と、彼一人で書いた『原子のABC』という本を出版したところです!
 そういえば、シュレンク・ノッツィンク男爵と面識のある人物と話す機会がありました[1]。彼は物質化現象(materialization)が起こるのを見た経験があり、その時に撮った写真を見せてくれました。それは全く驚くべき写真でした。彼はとても賢い人物なので、その写真に多くのインチキがあることを見抜いていましたが、現象は本物であると確信しています。
 残念ながら、ウィーンを発つのが予想よりかなり早まりそうです。私のチケットは94万クローネでした。
 あなたが私に説明してくれたことは、まだ忘れてしまったわけではありません。

草々
フランク・ラムゼイ




トリニティ
1923年11月12日
親愛なるウィトゲンシュタインへ

 お手紙どうもありがとう。
 さて、あなたに良い知らせがあります。もしあなたがイギリスを訪ねていただけるなら、その費用として50ポンド(16,000,000クローネ)をお支払いする準備があるのです。ですから、どうぞイギリスへ来てください。確かあなたの夏休みは7月と8月だったと記憶していますが、それを利用するのが好都合ではないでしょうか。ただ、その期間で一つ不都合なのが、ケンブリッジでも休暇期間だということです。そのため、あなたがきっと会いたいと思う人々も、バカンスで散り散りになっているでしょう。そこで思いついたのですが、今学期の終わりに学校を離れるというスケジュールはいかがでしょう。そうすれば2ヶ月早くイギリスへ来て、5月と6月の二ヶ月間、あるいはもっと長く、あるいは短く滞在することができます。確か、あなたもそれは可能だと仰っていたと思います。ケンブリッジの夏学期は4月22日から6月13日までです。
 ケインズにあなたの学位のことを訊ねました。そこで分かった状況は以下のとおりです。まず、学位資格についての規定が変わったため、6学期在学して論文を提出するだけでは、もうB.A.を得られなくなりました。その代わり、5年の在学と論文の提出によってPh.Dを得ることができます。つまり、ケンブリッジへ来てもう一年在学すれば、もしかしたら以前の2年間を足し合わせてPh.Dを取得できるかもしれません。しかし、これが唯一の可能性です。
 数学の再構築へ向けた仕事は、あまり進んでいません。その理由の一つは、私が雑多な分野の読書をして過ごしていたからです。相対性理論とカントを少し、それにフレーゲを読みました。フレーゲの素晴らしさについては、全く同感です。『算術の基本法則』で彼が展開している無理数の理論についての批判には、大いに感銘を受けました。「H.シューバルト氏の数について」もぜひ読みたいのですが、まだ手に入れていません。見つけたのは、次のような魅力的な広告のコピーだけです。あなたも再びフレーゲを読みたくなるに違いありません。
 「著者は自らの考察を、シューバルト氏が『数学的科学百科事典』で与えた、算術の基礎についての説明から開始している。著者はそこで方法と原理を発見している。それは、恐らくこれまでにも他の研究者たちによって使われてきたが、明確な研究と詳細な説明はなされなかったと思われるものである。その方法とは、研究者を悩ませる諸性質を無視することによってこれらを消去するものであり、その原理とは、異なるものを区別しないという原理である。著者の言うように、この原理は、数の興味深い、芝居じみた諸性質と密接な関係を持っている。著者は、この方法と原理の本質に言葉による明確な定式化を与え、その射程に光を当てようと試みることで、計り知れないほどの進歩へ第一歩を踏み出したと確信している。」
 しかし、私は今どうしようもなく怠惰なのです。それというのも、ある既婚女性に対して不幸な情熱を燃やしたため、1月からこの方、精根尽き果てんばかりです。それで精神的に参ってしまい、精神分析を受けようとさえ思いました。結局、2週間前から突然元気になって、それ以来は気分も良く、仕事も順調にこなしているのですが、そうでなかったら、きっとクリスマスにウィーンへ行って、9ヶ月間そこに滞在していたはずです。
 有限整数についての問題は、無限公理に関するものを除いて、全て解決されたと思いますが、きっとどこか間違っています。しかし手紙のやりとりで議論することは、私がその説明を完璧に書き出してあなたに送るのでなければ、あまりに困難です。あなたがここに居てくれたらどんなに助かることでしょう。どうか夏に来てください。あなたは、ラッセルが (∃x):fx.x=a で表現することを=を使わずに表現することがいかに難しいか、お気づきですか?
 いま『カラマーゾフの兄弟』を読んでいます。イワンが語るキリストと大審問官のシーンは非常に崇高だと思います。

草々
F.P.ラムゼイ


 オグデンから、『マインド』の私の論考の書評を受け取りましたか? もしまだ届いてなくて、あなたがお望みなら、お送りします。ですが内容は全然良くありません。私がそれを書いたのは、あなたに会いに行く前だったということを、どうか忘れないでください。



1923年12月20日
親愛なるウィトゲンシュタインへ

 お手紙どうもありがとう。体調がすぐれず気分も憂鬱とのこと、気の毒に思います。
 さて、まず最初に、50ポンドはケインズから出ています。彼は、このことを直截に言わないよう私に釘をさしました。というのも、彼があなたに一度も手紙を書かなかったので、あなたが知らない人からお金を受け取るよりも、彼から受け取ることを快く思わないのではないかと恐れているからです。彼がなぜ手紙を書かなかったのか、私には分かりませんし、彼も説明できません。彼はそれについて何か「コンプレックス」があるに違いないと言っています。ケインズは、あなたのことを暖かい愛情をもって話しますし、あなたに再会することを熱望しています。そのことは別として、もしイギリスへいらしたいと思うなら、彼はあなたがお金の問題でそれができない事態にはしたくないと考えています。彼は潤沢な資金を持っています。
 社会に適応できないのではないかというあなたの不安は、大変よく理解できます。しかし、あまり深刻に考えてはいけません。私はケンブリッジでのあなたの住まいを見つけることができると思います。あなたは、好きな人、あるいは好きになれそうだと感じる人以外に会う必要はないのです。多くの人々と一緒にいる時間が多いので、彼らと過ごすことが難しいと言われるのは分かります。ですが、一人で生活すれば、次第に社会へ慣れていくことができるでしょう。
 人々をうんざりさせたり、悩ませたりするのではないかというあなたの不安は的中していると、私が言っているとは受け取らないでください。なぜなら、私自身が、本当にあなたに会いたいと思っているからです。ただ、どうしても不安だとおっしゃるなら、最初は誰とも一緒に住まず、一人で生活すれば問題ないだろう、と言いたいだけなのです。
 50ポンドでどのぐらいの期間ケンブリッジで暮らせるか、私には分かりません。しかし、来ていただく価値のあるぐらい長い期間であることは、間違いないと思います。
 フレーゲは、最近ではますます読まれるようになっていると思います。ヒルベルトワイルという二人の偉大な数学者が数学の基礎について書いていますが、彼らはフレーゲに賛辞を贈っており、実際、ある程度は彼を評価しているようです。
 私がこれらの問題を全て解決したと考えたのは、愚かなことでした。私はいつも解決を見つけては、それが間違いであったことを悟る、その繰り返しです。(ムーアも同様です。) 近く、これらの問題について、あなたに詳細を書き送ろうと思います。ですが、あなたから見れば、私の議論は馬鹿馬鹿しく映るのではないかと思うと不安です。私は、∃x:fx.x=a について本当の困難があるとは考えていませんでした。このことはつまり、あなたの同一性の理論に対する反論でした。しかしそれをどう表現していいか分かりませんでした。なぜなら、私は、もしxとaが同じ命題に現れるなら、xは値aを取ることはできないという、馬鹿げた思い込みに捕われていたからです。また、それを表現することが不可能であって欲しいと思う理由もありました。しかし、今から2週間以内に、これを完全に説明することを試みようと思います。というのは、これらの物事について整理することは私にとって有益に違いありませんし、あなたが私に正しい方向を示すことができ、またあなたも興味を惹かれるのではないかと思うからです。あなたの興味を惹くような重要なことを私が持っていればと思うのですが、残念ながらそれがありません。
 私は、集合論における 2À0 = À1 または 2À0À1 であるという命題を証明しようと多くの時間を費やしてきました[2]しかし未だに成功していません。
 ところで、あなたの甥のストンボロウに会いました[3]。彼は好ましい人物でした。
 ラッセルはアメリカに講演に行くと聞いています。あなたの体調が回復して、これ以上心身ともに辛い状態が続かないことを祈ります。そしてどうぞイギリスへ来てください。

草々
フランク・ラムゼイ

 fa. ⊃ .(∃x,y) . fx . fy : ~(∃x)fx. という式を送っていただいたこと、感謝します[4]



トリニティ
1924年2月20日
親愛なるウィトゲンシュタインへ

 お手紙どうもありがとう。は、もう今年の夏あなたにイギリスへ来ていただくことは望みません。というのは、あなたに喜んでいただけるかどうかは別として、この夏の一部、もしかしたら全部を使って、私の方がウィーンへ行こうと思うからです。いつ、どのぐらいの期間になるかは正確には言えませんが、多分来月になると思います。もうすぐ会えることを期待しています。
 私がウィーンへ行こうと決心したのには、いくつか理由があります。私はケンブリッジに永住するつもりですが、これまでずっとこの地に住んでいたので、初めて少しここを離れてみたいと思ったのです。そして今、6ヶ月間のチャンスを得たというわけです。さらに、ウィーンで暮らせば、ドイツ語を学ぶことができますし、あなたに頻繁に会いに行くこともできます(あなたが嫌でなければですが)。そうすれば、私の仕事について議論できるので、とても助かります。また、私はこれまでのところ、気分が憂鬱でほとんど仕事が手につきませんでした。私には、フロイトが記述する [精神病の] 徴候の幾つかによく似た徴候が当てはまります。そこで、思い切って精神分析を受けてみようと思うのです。ウィーンは、そのためには非常に便利でしょう。そのようなわけで、私は6ヶ月間の滞在をすることになりそうです。しかし、あなたがこのことに賛成してくれないのではないかと懸念しています。
 ケインズは、まだあなたに手紙を書くのを渋っています ―― 本当に優柔不断です。ですが彼は(私と違って)、フロイトの世話になるような深刻な障害とは無縁です! 彼はあたながイギリスへ来て再会することを熱望しています。
 ジョンソンとは長らく会っていませんが、近いうち彼の妹とお茶をする予定です。彼の調子が悪くなければ、彼にあなたからよろしくあったことを伝えておきます(前回訪れたときは病気でした)。彼の『論理学』第3部がもうすぐ出版されます。因果関係がテーマです。
 あなたが周りの環境との格闘に力を使い果たしてしまうということを、気の毒に思います。他の教師たちと一緒に過ごすというのは、恐ろしく困難なことに違いありません。あなたはこの先もプッフベルクにとどまるつもりですか? 以前お会いしたときには、もし不可能でなければ、そこを離れて庭師になるという考えをお持ちでしたよね。
 私は自分の仕事について書くことはできません。自分の考えが曖昧なときにそれをするのは一苦労です。それに、もうすぐあなたに会いに行くのですから。どちらにせよ(?)、私はほとんど成果をあげていません。唯一の例外は、かなり枝葉末節のものですが、ラッセルのタイプ理論を不必要に複雑にしていた、いくつかの矛盾について適切な解決を与えたことぐらいです。この矛盾のせいで、ラッセルは還元公理を使わねばならなかったのです。私は数週間ほど前、ラッセルに会いました。そのとき、『プリンキピア』の改定版に追加される原稿を読ませてもらったのですが、あなたがそれを取るに足らないものだと言うのは、全く正しいことです。見るべきところと言えば、還元公理を使わずに数学的帰納法を小器用に証明していることぐらいです[5]。根本的には今までと何の違いもなく、同一性についても前のままです私は、彼は年を取りすぎたと感じました。彼は個々の話題については理解して「うん」と言っているようでしたが、3分後には元の話に戻ってしまうほど良く覚えていません。あなたの仕事全体について、彼が唯一受け入れているように見えるのは、名詞が置かれるべき場所に形容詞が置かれるのはナンセンスであるということは、彼のタイプ理論に役立つ、ということだけです
 彼は、曖昧さが物理世界の一つの特徴であると言ったことなどない、と言って酷く腹を立てていました。
 彼には二人の子供がいて、今は子育てに忙殺されています。私は彼がとても好きでした。彼は、本当は『意味の意味』を重要だとは考えていませんが、売上に貢献してオグデンを助けてやりたいと思って、書評を書きました。あなたが見た引用はその書評からのものですが、政治的な配慮から迂遠な表現になっています。
 先日、ムーアと長い議論を交わしました。彼は私が期待していた以上にあなたの著作をよく理解していました。
 数学の基礎についての仕事がうまく進んでいなくて残念です。幾つかのアイデアは持っているのですが、まだはっきりとした形にはなっていません。
 あなたが元気になって、今の環境の中で可能な限り幸せであってほしいと思います。もしかしたらもうすぐ会えるかもしれないと考えると、とても楽しみです。

草々
フランク・ラムゼイ




マールシュトラッセ 7/27
ウィーン I
1924年9月15日
親愛なるウィトゲンシュタインへ


 来週末の20日にプッフベルクへ向かいたいのですがどうでしょうか。私と会うことが退屈か楽しいか、どうぞ率直に言ってください。最近あまりやっていない数学については、多く話したくありません。
 オグデンからあなたあての手紙と大きな包みを受け取りました。なんでもあなたの本を見所があると考えるアメリカの実業家からのもので、あなたに自分のものを送ろうとしているようです。それはあなたに届けますが、中には何も入っていません。
 それと、オグデンから、可能なら私の滞在中に(実際はないと思いますが)あなたの本の第二版を出版するのに備えて修正を聞いてくるよう頼まれました。私は自分のコピーに、私たちの行った翻訳に対する多くの修正と、あなたが英語で書いた四つの追加命題を書き留めています。私が思うに、この翻訳についての修正は、明らかに新版に反映されるべきですし、追加の命題については疑問が一箇所あるだけです。おそらくあなたも、他にも変更したいと思う箇所があるのではないでしょうか。しかし、第二版の出版が現実的でない今は、その点に多くの時間を割く価値はありません。きっとオグデンは、この先私たちの間でこの点について手紙のやりとりをする手間を省きたいだけなのです。
 私は10月3日までウィーンにいます。覚えていないのですが、前回お会いしたとき、私がキングス・カレッジのフェローと数学の講師に任命されたことをあなたに話したでしょうか。講義は来学期から始まる予定です。

草々
フランク・ラムゼイ



訳註
[1] シュレンク・ノッツィンク はミュンヘンの医者で、1920年代に怪しげな心霊研究や実験を行いました。1922年から23年に実験集会に参加した作家トーマス・マンが実験を本物であると認めたことが、当時大きなセンセーションになっていました。ラムゼイの記している「物質化現象」とは、降霊会などで霊魂が固形化する現象のことです。

[2] いわゆる連続体仮説の問題です。

[3] ラムゼイが会ったのはウィーン在住のトーマス・ストンボロウです。二人は翌年3月に一緒に旅行をする仲となります。またラムゼイは、ウィトゲンシュタインの姉マルガレーテやヘルミーネ、兄パウルとも面識を持つようになります。

[4] この式が何を意味するか、私には分かりません。

[5] ラムゼイが否定的に評価しているこの証明に欠陥があることが、後にゲーデルによって指摘されました。K.ゲーデル「ラッセルの数理論理学」『リーディングス 数学の哲学』(勁草書房, 1995)を参照。

 

著:F.ラムゼイ 1923-24
訳:ミック Copyright (C)
作成日:2005/06/20
最終更新日:2017/06/22 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。
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