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世界には何個のものがあるのか



『プリンキピア』の三つの邪魔者

 ラッセルとホワイトヘッドの共著『数学原理(プリンキピア・マテマティカ)』は、数学を論理学に還元するという論理主義を実行した画期的大作であると、一般に言われていますし、それは間違いありません。しかし手放しにそのように誉められているのではなく、必ず同時に、「論理主義の限界を示した書物でもある」と但し書きが付け加えられています。その理由は、『プリンキピア』において、論理学からは導出できない三つの公理が、数学の導出のために要請されているからです。すなわち同書の成果は論理主義の完遂ではなく、現実的な妥協案の提出でした[1]
 ラッセルも、望んでこのような妥協に踏み切ったわけではありません。純粋な形で論理主義を完遂したかったのですが、それはついにかないませんでした。そのとき持ち込まざるをえなかった三つの邪魔者が、乗法公理(またはそれと同値な選択公理)、還元公理、そして無限公理です。この文章はその内の一つ、無限公理についての解説です。


無限公理とは

 無限公理(axiom of infinity)とは、その名の通り「この世界には無限に多くのものが存在する」という命題です。もう少し厳密に論理主義にのっとって定義するなら

  n が任意の帰納的基数であれば、n 個の要素を持つ集合は少なくとも一つある

となります[2]。つまり、無限集合の存在を保証する公理です。「帰納的基数」とは「有限な自然数」と同義です。なぜこれで無限集合の存在が保証できるかというと、この命題が真なら、部分集合を要素に含めた集合を考えることで、n + 1 個の要素をもつ集合が少なくとも一つ存在することになるからです。結果として、数 n で世界の個体の総数を表すことはできなくなり、仮定から n は任意の基数ですから、これはものの総数がどの帰納的基数よりも大きいことを意味します。
 ここでのポイントは二つあります。一つは、集合が「もの」のうちに含めて考えられていること。この場合「もの」というのは、机や椅子や人間のように、五感で感知できる具体物に限らず、もっと広く「思考の対象となるもの」ぐらいの範囲で考えます。これは集合論の前提なので、「そんなの嫌だ」と言われると議論はここで終わりです。二つ目は、基数が集合の集合(または集合の性質)として定義されていることです。
 数学体系の構築にあたり無限公理を措定するという方針はラッセルを嚆矢とします。後にツェルメロが現在の標準的な集合論を考案したときも、ラッセルの定義と同一ではありませんが、やはり無限公理をおいています[3]


なぜ無限公理が必要なのか

 ラッセルが無限公理を必要とした理由は何でしょう。もちろん、論理主義のプログラムにそれが必要だと(渋々)考えたからです。というのも、この命題が真でないと、今私たちが行なっているような普通の算術を論理学に還元することができないからです。もし無限公理が成り立たなかったら、すなわち、この世界に存在する集合の数が有限だったとしたら、一体どのような不都合があるのでしょう。 実は、n + 1 = n という命題を真と認める破壊的な結果になります。なぜなら、世界にある集合の総数が n 個だとしたら、n + 1 が n より大きいことはありえません。もし n + 1 が n より大きいのなら、世界にある集合の総数も n + 1 になるはずですが、しかし今は世界にある集合の総数は n だと仮定しています。ゆえに n + 1 = n。以下同様にして、n + 2 も n + 3 も n と等しくなります。
 これは、常識的にはおよそ信じがたい結果です。だから n + 1 = n という結果に陥らない方法を何とかして考えよう、という態度は自然なのですが、その方向へ向かう前にちょっと冷静にこの結果について考えましょう。確かに n + 1 = n を認める算術は、私たちが学校で習うものとは異なります。しかし「信じがたい」と「誤りである」は別物です。信じがたくとも真な命題はあります。だから、もし仮に物理学などによって世界の中のものの総数が有限であることが証明されたら、ラッセルは n + 1 = n を真とする算術を認めねばなりません。そして、ラッセルにはその用意があったと思います。たとえこの結果が、数学の真理性が経験科学に左右される偶然的なものであることを認める ―― それは論理主義の本当の破綻を意味します ―― ものであったとしても、です。
 以上のことを確認した上で、とりあえず今まで正しいとされてきた算術を守ろうとしたとき、どんな方法が考えられるでしょうか? おそらく、採りうる道は二つです。

  1.論理主義的な数の定義を放棄する
  2.「世界に無限個の集合が存在する」という命題を真と認める

 1番はラッセルにとっては論外です。そもそも数学の必然性を擁護したいがために考え出した論理主義を自ら放棄するような「ちゃぶ台返し」は一番最後までとっておくべきです。すると現実的には2番です。このようなわけで、ラッセルは無限公理を自らの体系に持ち込みました。


無限「公理」あるいは無限「定理」

 しかし無限公理を持ち込むことも、本当はラッセルは嫌でした。というのも、最初に書いたように、この命題を公理と認めるということは、これが論理学からは導出できない命題であると自ら認めることであり、結果として論理主義の純粋性を捨てることになるからです。
 実は一時期、ラッセルはこの命題が証明可能な「定理」であり、従って論理主義の純粋性を捨てなくともこの命題を真と認めることができると、楽観的に考えていたことがありました。具体的に言うと、「無限公理」を書いた1904年頃のことです。この論文で彼は、「抽象の原理(abstract principle)」という方法を使って、数の存在を 0 から帰納的に、無限に導出することができると主張しています。この原理は、初期のラッセルやフレーゲが好んで使った方法で、0 = { Ø } から始めて、1 = { { Ø } }、2 = { { Ø }, { { Ø } } }、…… と次々に集合を増やしていく構成原理です。集合の作り方は人によって色々ヴァリエーションがありますが[4]、「空集合から始める」ことと「帰納的に作る」というところはみな同じです。高校までで習う自然数の定義には 0 が含まれないのに、集合論の定義では 0 が含まれるのは、空集合を 0 に対応させているからです。かくしてラッセルはこう断言します。
私のように、純粋数学は記号論理学の延長に過ぎないと信じる者が擁護する見解は、通常の算術と無限数の算術を含む数学の比較的新しい部分には、全く新しい公理は存在しない、というものである。・・・・・・こうして、論理学の抽象の原理だけから、無限数の実在が厳格に論証された。
 この証明は、純粋数学にとっても適切で厳密な証明である。なぜなら、この証明が扱う実体は純粋数学の領域に属する実体に限られるからである。(「無限公理」
 この発言からも分かるように、この時期のラッセルにとって、「無限公理」は「無限定理」だったのです。論理学内で証明できるのだから、何の心配も要らない、というわけです。


タイプ理論との衝突

 ところが、後に『プリンキピア』を書くときには、ラッセルはこの証明を誤りとみなし、くだんの命題を「無限定理」から「無限公理」へ格上げします。
実際、何物の実在も仮定しなくとも数学の大部分は構成可能である。しかし、有限整数と有理数を扱う初等算術の全体はそれでも構成できるとしても、整数の無限クラスを含む算術は構成不可能になる。そうすると、実数と解析学全体が数学から除外されてしまう。これらを含めるためには、「無限公理」が必要になる。この公理は、もし n が任意の有限数ならば、n 個の要素を持つクラスが少なくとも一つ存在する、というものである。『原理』を書いた当時、私はこの公理は証明可能だと考えていた。しかしホワイトヘッド博士と『プリンキピア・マテマティカ』を書く頃には、以前考えていた証明は誤りであると確信するに至った。 (『数学の原理』第2版の序文
 先の歯切れのよい断言に比べると、随分トーンダウンしたものです。無理もありません。これが本当に「確実な論理法則」であるかどうかは、ラッセルでなくとも不安になります。
 彼が証明を誤りであると考えるようになった理由は、「ラッセルのパラドクス」に対処すべく考え出したタイプ理論が、抽象の原理を使用不可能にしてしまったことです。タイプ理論を集合論の言葉で表現すると、個体をタイプ0、個体の集合をタイプ1、そのまた集合をタイプ2 というように区別し、ある集合の要素になりうる対象はその集合のタイプより一つ下のタイプでなくてはならない、と制限します。いわば集合の階級社会みたいなイメージです。括弧の数が多いほど偉い集合、ぐらいに考えてください。
 すると困ったことに、数 1 を定義する際に数 0 を使うという抽象の原理は使えなくなります。なぜなら、数 1 の定義は、前節で見たように

  1 = { x | x = 0 } = { 0 }

 となるはずですが、これでは数 1 のタイプが数 0 のタイプより一つ大きくなり(=括弧が多くなり)、同じタイプに共存することができなくなります。そのため、同じタイプ上で無限に多くの自然数を定義するためには、無限定理を無限公理へ格上げせざるをえません。
 以上のことから、論理主義のもう一人の代表であるフレーゲに無限公理がないことも容易に納得できるでしょう。彼が体系を構築しているときは、まだラッセルのパラドックスを知らなかったので、抽象の原理を使うことに何のためらいもなかったのです。


無限公理の身分

 そんなこんなで、ほとんど間に合わせのように無限公理が導入されました。しかし仮にも「公理」と呼ばれるのであれば、たとえ証明できなくとも、やはり真理であってほしいものです。それも、経験によらず成立するア・プリオリな真理であってほしいものです。でなければ、論理学や数学の真理を、ア・プリオリな真理として導出できなくなってしまいます。 「数学の命題は意味抜きされた記号に過ぎないのだから、矛盾を引き起こさない限り公理として使える」という公理論的な考えは、ラッセルにはありません。
 公理の身分に関する議論は、特にその真理性が胡散臭い命題の場合によく起こります。無限公理のほかには、例えば選択公理の場合にも似たような事情があります[5]。しかし、無限公理は、真理かもしれませんが、少なくともア・プリオリな真理ではありません。抽象の原理による証明を認めないのなら、この世界に何個のものがあるかを経験によらず知ることはできないからです。この点を批判するウィトゲンシュタインの言葉を引きます。
無限公理についても同じことが妥当します。À0個のものが存在するか否かを決定するのは、経験の事柄です。(そして経験はこれを決定できません。)
(『草稿』ノルウェー1913年 p.352)
そして、ラッセル自身もこの批判を受け入れてこう言います。
・・・・・・ 無限の公理もある可能な世界では真であり、他の世界では偽である。そしてこの現実の世界ではどちらであるか、それについても何ら断定を下すことができない。
(『数理哲学序説』 p.185)
つまり、論理主義を実行すべき『プリンキピア』の中に、経験によらねば真偽を決定できない命題が混入しており、しかもその真偽も今のところ分からないと、自ら認めるということです。これは、たとえ無限公理が仮に真であったとしても、ア・ポステリオリな真理に過ぎないということですから、かなり手痛い譲歩です。まったく、「邪魔者」もいいところです。




終わりに

 まとめるならばこうです。まず、今ある形の数学を導出するために、無限集合の存在を保証する命題が必要でした。そこでその命題を体系内に持ち込みたいのですが、問題はそれを定理として導くことができるか、それとも公理として置かざるをえないかでした。一度は、ラッセルはそれを抽象の原理によって証明できたと考えましたが、後にタイプ理論との衝突のため前言撤回し、結局、公理として認めざるをえませんでした。しかし、それはすなわち、論理主義の完遂を諦めて妥協するということを意味したのです。




[1] ただしこれは、論理主義一般について限界が示された、ということではありません。あくまでラッセルの流儀による論理主義の限界に過ぎません。ラッセルやフレーゲとは異なるやり方でなら論理主義を完遂できる可能性はまだ残っています。そのため、長い間見捨てられてきた論理主義ですが、最近また少しづつ見直されてきています。(参考:三平正明「論理主義の現在」『論理の哲学』(飯田隆編 講談社、2005))

[2] ラッセル『数理哲学叙説』(岩波書店, 1974)p.172

[3] ツェルメロの無限公理は次のようなものです。

  次の条件を満たす集合 S が存在する:
     Ø ∈ S ∧ ∀x ( x ∈ S → { x } ∈ S)

 これは、空集合 Ø から出発して、{ Ø }、 {{ Ø }}、{{{ Ø }}} ・・・・・・と存在者を増やしていき、それら全てを含む集合 S が存在することを述べる命題です。この形の無限公理が採用された体系がZF集合論です。

[4]  例えば、三つの有名なバージョンで数「3」を定義してみると、次のように書けます。

  フレーゲ=ラッセル流 : { { Ø }, { { Ø } }, { { Ø }, { { Ø } } } }
  ツェルメロ流       : {{{ Ø }}}
  フォン・ノイマン流   : { Ø, { Ø }, { Ø, { Ø } } }

 「三つのうちどれが正しい定義なの?」という疑問が浮かぶかもしれませんが、特にどれが正しいということはありません。定義の仕方はこの3通りに限らず、他にもいくらでもあります。ただ、便利/不便、分かりやすい/分かりにくい、という違いはあって、それに伴って人気のある方法と不人気な方法に分かれます。フレーゲ=ラッセル流は ・・・・・・ どうやらあまり人気はないようです。
 後にベナセラフは、「数は何でありえないか」(1965)において、集合で数を定義する方法の複数性を突いて、それが正当な定義ではないという説得的な論証を行ないました。つまり、複数ある方法のうち一つだけを取り出す原理的理由がない以上、「数 n = 集合 s 」という定義を認めるなら、

     { Ø, { Ø } } = 2 = {{ Ø }}
    ∴{ Ø, { Ø } } = {{ Ø }}

 となってしまい、矛盾が生じるというのです。彼はこの議論を一般化して、数をどのような種類の対象として定義しようとも同様の矛盾が生じると論じ、「数とは実在的対象ではない」というプラトニズム批判を行ないました。彼が念頭に置いていたのはフレーゲのプラトニズムですが、ラッセルにも同様に当てはまります。

[5] 選択公理は、無限公理に比べればはるかに「自明」な真理と見なされていたのですが、それでも論争になりました。田中尚夫『選択公理と数学――発生と論争、そして確立への道』(遊星社, 1999)を参照。


Copyright (C) ミック
作成日:2005/11/25
最終更新日:2006/01/20
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